
2015年09月29日
やべっち・「何がなんでもサガン鳥栖」
「やべっちFC」サガン鳥栖ヒストリー
内容の予想はしていたが
それでも「ジーン」の連続
サガン鳥栖のクラブヒストリーのテーマは「17」
あの坂田道孝氏の命日の1月7日にちなんだ
Jリーグ初の永久欠番の「17」
坂田氏の「プロスポーツがない佐賀県
サッカーを根付かせたい」との
強い信念での数々の功績
1994年・PJMフィチャーズの移転
1996年・100億円でスタジアム完成
しかし シーズン終了後に運命が急転
スポンサーのPJMが撤退表明・12億円の負債で継続困難
しかし「残したい」
坂田氏始めサポが立ち上がった
署名活動の開始
同時に支援の輪が様々なクラブに波及
「鳥栖は地域立の先頭にたったチーム
それを無くしたらJリーグに未来はない」等の関係者の声
サポの昼夜を厭わぬ活動で2ヶ月で55千人の署名
一方では 坂田氏を中心にJリーグとの交渉
当時は川淵チアマン
「自分たちで守る」がなかったなら切っていた
が 臨時の実行委員会は
「解散するが新チームとして再出発」との超法規的な裁定を
当時のクラブ名「サガン鳥栖FC」が
ホワイトボードに書かれて誕生
「サガン鳥栖」
佐賀もかけてはいるが
小さな砂粒が大きな岩になる
それが集まり砂岩になり長い時間が経てば強固な岩になる
そして新チームの初の公式戦
浦和サポの募金にて鳥栖の小中学生を招待
しかし 1999年J2参戦直後の1月7日
坂田道孝氏死去
「サガン鳥栖は
いつか佐賀になくてはならない宝物になる」
を残されて逝ってしまわれた
その命日にちなんだ「17」
♪♪サガン鳥栖ある限り 17の誇りを胸に♪♪
クラブの歴史を知れば
もっとサッカーがたのしくなる
「やべっちFC」夜遅い番組で見るのは録画だが
良い番組だ
でも この後にも数々のヒストリーがある
「自己中・テルコ」「赤帽の反乱」「涙のJ1昇格」などなど
私自身は井川氏登場もだ
現社長は現職・ヒストリーにはまだ早い
アッ・忘れちゃならないのがまだある
アビスパだ
「反面教師として忘れてはいけない」と私は思っている
「やべっち」のお蔭で
昔を思い出し いまある幸せ感を再認識したが
「当時の署名」
もちろん 署名はしたが活動はしていない
傍観者だった
その反省が
「何がなんでもサガン鳥栖」ってなっているような気もする
一昨日の夜
十五夜の時 見事な月
そして昨晩が一番大きな月だったようでスーパームーン
うるこ雲が邪魔をしてはいたが
今晩も東の空には大きなお月さん
その月を眺めながら
今年度の決算OK見込みでライセンス交付
スポンサーさんのお蔭だと
そのまん丸お月さんに手を合わせながらも
サガン鳥栖超板のネガティブさに呆れると同時に
先輩サポーターの皆さんの
「自分たちで守る」
当時の強さに改めて敬服と感謝
今日は酒なし日だったが
お月さんを見ながら飲みたい気分
追記
景観的にも雑木林には合い
需要もあり日頃の管理も必要ないベリー類
さし芽は夏の水やり放棄で全滅
しかし 「根ふせ」もしていてそれが移植の時期
「根ふせ」って
ツルの新しい部分に土を被せて根を出させることです
ある程度の陽当たりがあれば
初夏にはたくさんの実をつけます
生食もできるが やっぱりジャム
白い花が咲くのも良いし
赤いもしくは赤黒い実がなる光景も良い
植える場所は小屋の東の側面
板張りのみの殺風景
ツル性だから誘因のための柵が必要です
枕木の朽ち果てたものを支柱として
番線を編んだ網を柵がわり

今まであまり見たくないところ
来年は
ラズベリーがわんさかのはず
内容の予想はしていたが
それでも「ジーン」の連続
サガン鳥栖のクラブヒストリーのテーマは「17」
あの坂田道孝氏の命日の1月7日にちなんだ
Jリーグ初の永久欠番の「17」
坂田氏の「プロスポーツがない佐賀県
サッカーを根付かせたい」との
強い信念での数々の功績
1994年・PJMフィチャーズの移転
1996年・100億円でスタジアム完成
しかし シーズン終了後に運命が急転
スポンサーのPJMが撤退表明・12億円の負債で継続困難
しかし「残したい」
坂田氏始めサポが立ち上がった
署名活動の開始
同時に支援の輪が様々なクラブに波及
「鳥栖は地域立の先頭にたったチーム
それを無くしたらJリーグに未来はない」等の関係者の声
サポの昼夜を厭わぬ活動で2ヶ月で55千人の署名
一方では 坂田氏を中心にJリーグとの交渉
当時は川淵チアマン
「自分たちで守る」がなかったなら切っていた
が 臨時の実行委員会は
「解散するが新チームとして再出発」との超法規的な裁定を
当時のクラブ名「サガン鳥栖FC」が
ホワイトボードに書かれて誕生
「サガン鳥栖」
佐賀もかけてはいるが
小さな砂粒が大きな岩になる
それが集まり砂岩になり長い時間が経てば強固な岩になる
そして新チームの初の公式戦
浦和サポの募金にて鳥栖の小中学生を招待
しかし 1999年J2参戦直後の1月7日
坂田道孝氏死去
「サガン鳥栖は
いつか佐賀になくてはならない宝物になる」
を残されて逝ってしまわれた
その命日にちなんだ「17」
♪♪サガン鳥栖ある限り 17の誇りを胸に♪♪
クラブの歴史を知れば
もっとサッカーがたのしくなる
「やべっちFC」夜遅い番組で見るのは録画だが
良い番組だ
でも この後にも数々のヒストリーがある
「自己中・テルコ」「赤帽の反乱」「涙のJ1昇格」などなど
私自身は井川氏登場もだ
現社長は現職・ヒストリーにはまだ早い
アッ・忘れちゃならないのがまだある
アビスパだ
「反面教師として忘れてはいけない」と私は思っている
「やべっち」のお蔭で
昔を思い出し いまある幸せ感を再認識したが
「当時の署名」
もちろん 署名はしたが活動はしていない
傍観者だった
その反省が
「何がなんでもサガン鳥栖」ってなっているような気もする
一昨日の夜
十五夜の時 見事な月
そして昨晩が一番大きな月だったようでスーパームーン
うるこ雲が邪魔をしてはいたが
今晩も東の空には大きなお月さん
その月を眺めながら
今年度の決算OK見込みでライセンス交付
スポンサーさんのお蔭だと
そのまん丸お月さんに手を合わせながらも
サガン鳥栖超板のネガティブさに呆れると同時に
先輩サポーターの皆さんの
「自分たちで守る」
当時の強さに改めて敬服と感謝
今日は酒なし日だったが
お月さんを見ながら飲みたい気分
追記
景観的にも雑木林には合い
需要もあり日頃の管理も必要ないベリー類
さし芽は夏の水やり放棄で全滅
しかし 「根ふせ」もしていてそれが移植の時期
「根ふせ」って
ツルの新しい部分に土を被せて根を出させることです
ある程度の陽当たりがあれば
初夏にはたくさんの実をつけます
生食もできるが やっぱりジャム
白い花が咲くのも良いし
赤いもしくは赤黒い実がなる光景も良い
植える場所は小屋の東の側面
板張りのみの殺風景
ツル性だから誘因のための柵が必要です
枕木の朽ち果てたものを支柱として
番線を編んだ網を柵がわり

今まであまり見たくないところ
来年は
ラズベリーがわんさかのはず
Posted by やながわ at 19:59│Comments(2)
この記事へのコメント
柳川さん、こんばんは。
仕事帰りに馴染みの居酒屋に寄って、蓮根の煮付けを肴にビールをグイッとやってます。
仕事帰りの一杯目のビールはどうしてこんなに美味しいのでしょう!
やべっちFCのクラブヒストリーズは、天国の坂田先生がもう一度砂岩魂で頑張れと私たちサポにくれたプレゼントだと思いました。
あと1勝あれば、まず逃げ切れる!
気持ちは2勝! そのためにやることは一つ! 想いも覚悟もとうの昔にできている。
仕事帰りに馴染みの居酒屋に寄って、蓮根の煮付けを肴にビールをグイッとやってます。
仕事帰りの一杯目のビールはどうしてこんなに美味しいのでしょう!
やべっちFCのクラブヒストリーズは、天国の坂田先生がもう一度砂岩魂で頑張れと私たちサポにくれたプレゼントだと思いました。
あと1勝あれば、まず逃げ切れる!
気持ちは2勝! そのためにやることは一つ! 想いも覚悟もとうの昔にできている。
Posted by BB at 2015年09月29日 21:43
「BB」さん こんばんは
そうですか
仕事帰りの一杯は本当に旨い
そのとおりだと思います
今晩の月も美しい
浦和戦・選手の気持ちが本当ならば「監督を男にしよう」の話ぐらいはあってて欲しいね
「そうなるだろう」
との気持ちがすでに私にはあります
いずれにせよ浦和に一泡を
そうですか
仕事帰りの一杯は本当に旨い
そのとおりだと思います
今晩の月も美しい
浦和戦・選手の気持ちが本当ならば「監督を男にしよう」の話ぐらいはあってて欲しいね
「そうなるだろう」
との気持ちがすでに私にはあります
いずれにせよ浦和に一泡を
Posted by やながわ
at 2015年09月29日 22:56
